ミシェル・ルグランの楽曲なしには語れない!『メイ・ディセンバー ゆれる真実』観客を弄ぶ大胆不敵な映画音楽の使い方とは―

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6月19日(水)

『キャロル』のトッド・ヘインズ最新作で、ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアが豪華共演を果たし、昨年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品、プレミア上映され話題をさらった『メイ・ディセンバー ゆれる真実』。疑惑の夫婦とそれに介入するある“女優”との緊迫した心理的攻防戦を描く本作において、唯一無二の存在感を放つ〈映画音楽〉に込められた秘密に迫る。

かつて、36歳の女性がアルバイト先で知り合った13歳の少年と情事に及び、逮捕された。それだけでも十分衝撃的だが、女性は獄中でふたりの間の子を出産、出所後に晴れて夫婦になるという、その一連の騒動はメディアの恰好の的となり一大スキャンダルとして連日全米を騒がせた。それから23年後、この“メイ・ディセンバー事件”が映画化されることに。数えきれないメディア出演で一躍“時の人”となった夫婦が住む豪邸に、主演女優が足を運ぶシーンから物語は動き出す。


「礼儀正しい人だといいけれど」。これからやってくる“ハリウッド女優”のエリザベス(ナタリー・ポートマン)の態度を危惧しながら、妻・グレイシー(ジュリアン・ムーア)がおもてなしの準備をしているワンシーン。冷蔵庫の扉を開けると、突然仰々しい音楽が鳴り響く――。それは、ジョセフ・ロージーの映画『恋』(71)より、ミシェル・ルグランの楽曲の一節を編曲したものだ。冷蔵庫の中を見て、「ホットドッグが足りないわ」とつぶやく何の変哲のないシーンだが、まるでこれから起こる不穏な展開を予感させるようであり、その日常的な場面とはミスマッチな音楽で観客に強く意識づける。そのあまりに斬新な音楽の使い方に、完成したシーンを観たジュリアン・ムーアも思わず笑ってしまったという。トッド・ヘインズ監督は、絶妙なバランスで笑いの要素を織り交ぜ、シーンと音楽に違和感をもたせることで観客の感情を弄ぶ。それは、“思い込み”という罠に巻き込まれることを示唆するかのようだ。


言わずと知れた名作曲家ミシェル・ルグランのこの楽曲は、脚本を読んだ段階から、既にヘインズ監督の頭の中に存在していたようだ。本作の音楽を手掛けた作曲家のマーセロ・ザーヴォスは、「トッドは、音楽がストーリーの流れに完全に従う必要はないと考えていたので、これまでの映画音楽の慣習は無視されました」と説明する。さらに、「この映画の音楽は大胆不敵です。これほど効果的に音楽を使用している映画はほかに思いつきません。通常の映画音楽は、観客を作品に優しく引き込み、誘導するものですが、この作品の音楽は、観客の胸ぐらを掴んで極上の心理戦へと引きずり込むのです」と、ほかに類を見ない手法を使い、刺激に満ちた本作の音楽の特性を明かす。


このような激烈にドラマティックなメロディは、サスペンスを盛り上げるような場面以外に、冒頭のように一見平穏な場面にも度々鳴り響く。それは、グレイシーが過去に起こした事件への伏線を示唆するのか?それとも、単なる日常に“過剰な意味づけや解釈”をしてしまうエリザベスや観客をあざ笑っているのだろうか?

ヘインズ監督は本作の映画音楽に対して、「観客は殺人が起こるような犯罪ドラマを想像するかもしれない。そしてすぐにこの物語がどこに向かっていくのか、鋭い注意力で画面や演技を見つめることでしょう。音楽は、さらにその疑問を増幅させ続けますが、それはきっと楽しい映画体験になるはずです」と、迷宮のような本作に足を踏み入れる観客へ、彼流の“おもてなし”であることを語っている。

『メイ・ディセンバー ゆれる真実』本編映像

そんな、時にドラマを盛り上げ、時に錯乱させ、皮肉交じりな視線を投げかける本作の音楽はぜひ劇場で堪能してほしい。

7月12日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

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作品紹介

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